2026年2月8日日曜日

何も身についた気がしない夜

今日は、
勉強したはずなのに、
手応えだけが残らなかった。
ページは進んだ。
マーカーも引いた。
ノートもそれなりに埋まった。
それなのに、
胸の奥に「できた」という感覚がない。
たぶん、
勉強すること自体が目的になっていた。
理解するより先に、
やった形を整えることに安心していた。
買ったばかりの参考書の匂いと、
机に並べた道具が、
努力の代わりみたいに思えていた。
夜になって、
静かになるほど、
自分の中の空白が目立ってくる。
何も身につかなかった、
そんな気がして、
少しだけ虚しい。
でも、
たぶん今日は「気づいた日」なんだと思う。
前に進めなかったことに、
ちゃんと気づいた日。
それだけでも、
ゼロじゃない。
電気を消す前、
参考書をそっと閉じる。
明日は、
ページじゃなく、
一つだけ理解して眠れたらいい。

勉強することが目的になってしまった感じ

いつの間にか、
勉強すること自体が、
目的になってしまった感じがする。

何のためにやるのか、
どこに使うのか、
そういうことは、
後回しになっていた。

とりあえず、
参考書を開いて、
ノートを広げて、
ペンを持つ。

それだけで、
少し安心する。

進んでいなくても、
理解していなくても、
「勉強している」という状態に、
入れた気がした。

問題を解くより、
まとめることに時間をかけて、
覚えるより、
調べることで満足する。

結果は、
まだ何も出ていない。

それでも、
机に向かっている時間だけは、
ちゃんと積み上がっていく。

今は、
AIに聞けば、
答えも説明も、
すぐに出てくる。

だからこそ、
自分が何を目指しているのか、
わからなくなることがある。

学ぶことと、
進むことが、
少しずれてしまった感じ。

それが悪いわけじゃない。

勉強している時間は、
ちゃんと静かで、
無駄ではない。

ただ、
いつか、
この時間がどこにつながるのか、
知りたくなる日が来る気がする。

今日も私は、
答えより先に、
ノートを開く。

勉強することが目的になったまま、
それでも、
机に向かっている。

参考書を買った帰り道

参考書を買った帰り道は、
少しだけ気分が軽かった。

まだ何も始まっていないのに、
もう一歩進んだような、
そんな錯覚があった。

袋の中には、
新しい参考書。

表紙はきれいで、
ページもまだ硬い。

これから、
ちゃんと勉強する予定だった。

いつから始めるか、
どれくらい続けるか、
そんなことを、
歩きながら考えていた。

家に帰ったら、
机を片付けて、
最初のページを開くつもりだった。

その時点では、
やる気は、
ちゃんとあった。

参考書を持っているだけで、
少し賢くなった気もした。

でも、
家に着いて、
袋を置いて、
少し休憩して。

気づいたら、
その日は終わっていた。

今なら、
AIに聞けば、
同じ内容を、
もっと早く知ることができる。

それでも、
あの帰り道の感じは、
たぶん、
今も変わらない。

何かを始める前の、
一番きれいな期待。

失敗も、
挫折も、
まだ存在しない時間。

参考書を買った帰り道は、
勉強そのものより、
ずっと前にある。

それでも、
あの一瞬があったから、
始めようと思えた。

今日も本棚には、
開かれていない参考書が並んでいる。

でも、
あの帰り道だけは、
今でも、
ちゃんと覚えている。

勉強計画だけ立てた日

その日は、
勉強計画だけ立てた。

何を勉強するかを決めて、
いつから始めて、
どこまでやるかを書いた。

ノートはきれいで、
日付もそろっていて、
線もまっすぐ引かれている。

その時点では、
かなり前に進んだ気がした。

やることが整理されて、
時間の使い方も見えて、
もう半分くらい終わったような、
そんな気分だった。

でも、
実際の勉強は、
まだ始まっていない。

計画を立てたあと、
少し満足して、
そのまま休憩した。

次の日も、
その次の日も、
計画はそのままだった。

今なら、
AIに聞けば、
効率のいい進め方も、
最短ルートも教えてくれる。

計画を立てる時間も、
昔よりずっと短い。

それでも、
やるかどうかは、
結局、自分のままだ。

勉強計画だけ立てた日は、
何も身についていないけれど、
何かを始めようとした、
その気配は残っている。

完璧じゃなくても、
途中で終わっても、
ゼロではなかったと思いたい。

今日もその計画は、
ノートの中にあって、
静かに、
次の一行を待っている。

書くことから始めた勉強も、
たぶん、
私なりの一歩だった。

読んだだけで満足した資格試験の本

机の横に、
読んだだけで満足した、
資格試験の本がある。

ページは、
最初のほうだけ、
よく開かれている。

重要そうなところに線を引いて、
付箋も貼って、
少しだけ、
本気だった跡が残っている。

章を読み終えるたびに、
「なるほど」と思って、
わかった気になった。

説明も理解できたし、
例題も追えた。

それだけで、
勉強した気分には、
十分なれた。

でも、
問題を解くところまでは、
いかなかった。

試験日を調べる前に、
本を閉じて、
そのまま時間が過ぎた。

今なら、
AIに聞けば、
要点だけをまとめて、
すぐ教えてくれる。

わからない部分も、
その場で補える。

読んで、
理解して、
満足するまでが、
とても早い。

便利になったな、と思う。

でも、
資格試験の本は、
読んだだけでは、
何も証明してくれない。

残るのは、
少し知った気分と、
やらなかった記憶だけだ。

それが悪いわけじゃない。

勉強は、
必ず結果を出すためだけに、
やるものでもない。

ただ、
あの本を手に取った夜の、
「これから何か始まるかもしれない」
という感じだけは、
今でも覚えている。

今日もその本は、
合格も不合格もないまま、
本棚に戻されている。

読んだだけで満足したことも、
きっと、
私なりの勉強だった。

最後まで読まなかった参考書

本棚に、
最後まで読まなかった参考書がある。

表紙は少しだけ古くて、
角が少し曲がっている。

最初の章には、
線が引いてあって、
ところどころに、
小さなメモも残っている。

読もうとしていたのは、
間違いない。

でも、
途中で止まっている。

だんだん文字が多くなって、
説明も細かくなって、
ページをめくる手が、
自然と遅くなる。

わからないところを、
何度か読み返して、
それでも頭に入らなくて、
そのまま閉じた。

今なら、
その場で調べれば、
もっと簡単な説明が見つかる。

AIに聞けば、
要点だけを、
すぐに教えてくれる。

最後まで読まなくても、
目的は、
だいたい達成できる。

便利になったな、と思う。
それは正直な気持ちだ。

でも、
最後まで読まなかった参考書には、
途中で投げ出した、
自分の時間が挟まっている。

理解できなかった時間、
考え込んだ時間、
眠くなって、
ページを閉じた夜。

内容は、
今ではもう、
ほとんど覚えていない。

それでも、
あの本を開いていた時間だけは、
なぜか、
はっきり思い出せる。

最後まで読まなかったことは、
失敗でもなく、
成功でもない。

ただ、
勉強していた途中で、
立ち止まった、
その記録だ。

今日もその参考書は、
本棚の同じ場所にあって、
続きを読む気配もなく、
静かにそこにいる。

AIと私と、途中でやめたノート

机の上に、
途中でやめたノートがある。

最初のページだけ、
やけに丁寧な文字で、
日付とタイトルが書いてある。

ペンの色もそろっていて、
余白も意識されていて、
やる気だけは、
ちゃんと写っている。

でも、
数ページめで止まっている。

書きかけの行、
途中で切れた文章、
その先は、
まっさらなままだ。

勉強って、
だいたいこうなる。

わからないところが出てきて、
少し調べて、
そのまま別のことを考え始める。

今は、
ノートを続けなくても、
AIに聞けば、
だいたい答えは返ってくる。

理解できた気になるのも、
すごく早い。

ページを埋めなくても、
頭の中は、
一応、前に進む。

それが悪いとは思わない。
助かっているし、
実際、便利だ。

ただ、
途中でやめたノートを見ると、
少しだけ、
別の時間を思い出す。

わからないまま考えていた時間、
手が止まって、
天井を見ていた時間。

答えがすぐ出ないこと自体が、
勉強だった頃。

AIと一緒に学ぶ今は、
たぶん、
前より賢くなっている。

でも、
途中でやめたノートは、
その証拠を、
どこにも残さない。

今日もそのノートは、
机の端に置いたまま、
次のページを、
静かに待っている。