机の上に、
途中でやめたノートがある。
最初のページだけ、
やけに丁寧な文字で、
日付とタイトルが書いてある。
ペンの色もそろっていて、
余白も意識されていて、
やる気だけは、
ちゃんと写っている。
でも、
数ページめで止まっている。
書きかけの行、
途中で切れた文章、
その先は、
まっさらなままだ。
勉強って、
だいたいこうなる。
わからないところが出てきて、
少し調べて、
そのまま別のことを考え始める。
今は、
ノートを続けなくても、
AIに聞けば、
だいたい答えは返ってくる。
理解できた気になるのも、
すごく早い。
ページを埋めなくても、
頭の中は、
一応、前に進む。
それが悪いとは思わない。
助かっているし、
実際、便利だ。
ただ、
途中でやめたノートを見ると、
少しだけ、
別の時間を思い出す。
わからないまま考えていた時間、
手が止まって、
天井を見ていた時間。
答えがすぐ出ないこと自体が、
勉強だった頃。
AIと一緒に学ぶ今は、
たぶん、
前より賢くなっている。
でも、
途中でやめたノートは、
その証拠を、
どこにも残さない。
今日もそのノートは、
机の端に置いたまま、
次のページを、
静かに待っている。
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