昔の自分は、勉強というものをかなり単純に考えていました。
机に向かう時間を増やせばいい。
ノートをきれいにまとめればいい。
教科書を何度も読めばいい。
そう思っていました。
もちろん、それもまったく無駄ではなかったと思います。
けれど、今になって振り返ると、かなり遠回りをしていた気もします。
当時の自分は、具体的に効果のある勉強方法を知らないまま、ただ頑張っていました。
「頑張っている感」はありました。
机には座っている。
ノートも開いている。
ペンも動かしている。
でも、頭に入っているかと言われると、少し怪しかったです。
何時間も教科書を読んだのに、いざ問題を解こうとすると手が止まる。
ノートをきれいにまとめたのに、テストになると思い出せない。
勉強したはずなのに、結果にあまりつながらない。
そういうことが何度もありました。
それでも当時は、方法が悪いとはあまり考えていませんでした。
自分の努力が足りない。
集中力が足りない。
頭がよくない。
そんなふうに、自分の能力のせいにしていた気がします。
でも本当は、勉強にはやり方があるのだと思います。
ただ読むだけではなく、思い出す練習をする。
きれいに書くことより、問題を解いて間違えることを大事にする。
一度で覚えようとせず、時間を空けて何度も復習する。
できた気になる勉強ではなく、本当に使えるかを確認する。
こういうことを、もっと早く知っていたら違ったかもしれません。
勉強でつらいのは、努力しているのに結果が出ない時です。
何もしていないなら、まだ納得できます。
でも、自分では頑張っているつもりなのに、思うように伸びない。
それはかなり苦しいです。
しかも、その苦しさは表からはあまり見えません。
周りから見れば、ただ成績が伸びていない人に見えるだけです。
本人の中では、焦りや不安や悔しさが積み重なっているのに、それはなかなか伝わりません。
今思うと、勉強は根性だけでどうにかするものではないのだと思います。
もちろん、続ける力は大事です。
でも、間違った方向にずっと走っていると、疲れるばかりで目的地には近づきにくいです。
勉強も同じで、まずは「どうやれば身につくのか」を知ることが大切なのかもしれません。
それを知らずに頑張っていた自分は、少し不器用だったと思います。
でも、その時間が完全に無駄だったとも思いたくありません。
遠回りしたからこそ、ただ頑張るだけでは足りないことに気づけた。
結果が出ない苦しさを知ったからこそ、勉強方法の大切さも感じられるようになった。
そう考えると、あの頃の自分も、それなりに意味のある時間を過ごしていたのかもしれません。
勉強は、量だけではなく、やり方も大事です。
そして、やり方を知らなかった人が悪いわけではありません。
誰かに教えてもらわなければ、わからないこともたくさんあります。
だから今、もし頑張っているのに結果が出ない人がいるなら、努力不足だけを疑わなくてもいいと思います。
もしかすると、必要なのはもっと努力することではなく、少しやり方を変えることなのかもしれません。
自分を責める前に、方法を見直す。
それだけで、勉強の苦しさは少し変わる気がします。
頑張ることは大切です。
でも、頑張り方を知ることも、同じくらい大切です。
あの頃の自分に言えるなら、たぶんこう言いたいです。
ただ長く机に向かうだけが、勉強ではない。
覚えたつもりではなく、思い出せるかを試してみること。
できる問題だけで安心せず、間違えた問題を大事にすること。
そして、結果が出ないからといって、自分をすぐに否定しないこと。
勉強には、ちゃんと道があります。
その道を知らないまま頑張っていた時間も、きっといつか、自分を少しだけ強くしてくれるのだと思います。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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